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ライデン観光:シーボルト・ハウス編
2008 / 01 / 15 ( Tue )
この間、ライデンとその周辺の町へ観光に連れていっていただきました。

沢山見せてくださったのですが、まずはお目当てだったシーボルト・ハウスからお話を。
教科書で御馴染みだったフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトを覚えてらっしゃいますか?
(記憶があやふやな方、よかったらウィキのシーボルトのページへどうぞ)

彼は、1830年にこの館を購入し、実際に生活していました
2008_0109(025).jpg
2004年に修復工事が行われ、シーボルト・ハウスと呼ばれ、
彼が1823年から1830年にかけて日本で収集された物が展示されてあります。

詳しくは、シーボルト・ハウスのサイトへどうぞ。

中は、フラッシュを焚かなければ写真撮影OKだったのでいくつか写真を撮りました。
中でも驚いたのが、もしかしたら初めて見たかも?!な、当時の入れ歯?
2008_0109(006).jpg
(左に見えるのは、毛抜きっぽい道具です)
説明が付いていなかったので想像でしかないのですが、ガラスケースだったので、
下から見てもどうも入れ歯っぽい作りになっていたので、入れ歯だと思うのです。
当時の入れ歯も見れるだなんて!いや、それよりどうやって入手したんだシーボルト!

シーボルトは、出来る限り多くの日本の情報を収集するようにとの任務があったため、
あらゆるものを集めていました。
植物学、動物学から始まって、日用品まで。
大きすぎるものは、精密な模型を作らせていました。
そのうちの1つがこの模型。
2008_0109(008).jpg
(部屋が薄暗かったため、見づらくてごめんなさい)
これ、ものすごく精密なんですよ!!
屋根瓦もきちんと表現されてあり、部屋の中にはきちんと畳まで敷いてある精巧さ。
お見せできないのが残念なほどです。

魚など保存が不可能なものは、絵を描かせていました。
専属画家を雇っていたのです。ものすごく緻密な絵でした。

そして、動物は、絵もあったのですが、剥製もありました。
シーボルトが日本で飼っていたという犬『サクラ(犬の名前)』を国外追放の際、
彼と一緒ににオランダへ連れてきて、家(現在のシーボルト・ハウス)の前を
運河沿いに散歩していたそうです。
その『サクラ』、剥製になってシーボルト・ハウスに展示されてました…。
シーボルト・ハウス+犬の剥製で当時の様子がかなりイメージできて良いと思う反面、
可愛がられていた動物がまだこうやって剥製として残っているのは可哀想だなとも思ったり。
ちょっと複雑な思いでした。

シーボルト・ハウスのサイトを見ていただくと、
ほとんど知っていただくことができると思うのですが、
今回の見学で心に残ったエピソードが・・・

=======================================
当時ご法度だった地図を持ち出そうとしていたことがばれてしまい、
シーボルトは逮捕され、尋問にもあったのですが、
決して地図を都合してくれた人の名前を出さなかったそうです。
これには当時の日本政府も敬意を払ったとのこと。そして

「自分を日本に留まるようにしてくれ。
 そうすれば禁断の知恵も日本から出ることはないだろうから」

と日本に留まることをシーボルトから希望したそうです。
しかしながら国外永久追放を受けたシーボルト。
もう二度と日本には戻ってこられないと思いながら出航したその船に乗っていると、
向こうの方から小船が近づいてくるのが見えます。
船の中には二歳の娘とその母親(楠本滝)。。。
=======================================

あぁ!涙がホロリとなりそうでしたよ!
よほど日本に対して敬意を持っていたのでしょうか。
そして、シーボルトは楠本滝を本当に大切に想っていたようです。
出島では子供の滞在は許しておられなかったため、
楠本滝と子供イネは、シーボルトと離れ離れに暮らしていました。
シーボルトは二人に会うために毎日通い、不自由な思いをしないようにと
便宜を払っていたそう。
その後、何年も経ってからシーボルトは国外追放を解除され、
日本に来ることができ、娘にも会えたそうです。
彼女は日本人初、女性で医学を学んだ医者でした。

シーボルトが日本で子供を授かったことを覚えていなかったのですが、
宮内庁に配置までされ、歴史的にも名前を残す活躍をされていたのですね。

シーボルト・ハウス、中々楽しかったです。
こちらの地下は、当時18世紀の様子が覗けるように修復されてありました。
2008_0109(022).jpg

説明文とかは無かったのですが、壁は当時のタイルをそのまま残してあるようです。
2008_0109(020).jpg

アップにしたら・・・
2008_0109(021).jpg
デルフトの町は、白地に青の陶磁器が有名なのですが、そのタイルなのでしょうか。
素敵でした。

みなさまも、ライデンにお越しの際、お時間があれば寄ってみてくださいな。
実際にこの家の前をシーボルトが犬・サクラを連れて散歩してましたよ。
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コメント
--あぁ!!--

昔学校で、アジサイの英語名が正式にはHydrangea otakusaなんちゃらで、OTAKUSAは、
そのアジサイをヨーロッパに持ち帰った人が日本で授かった子供の母「お滝さん」から来ている、、、、

という話を、ヨーロッパでアジサイを見るたびに思い出してはいたのだけど、それが誰だったか思い出せなくってねーー、ずーーと気になっていたんですが、これ見てやっと判明しましたわ。
ウィキで確認してきましたよ。
はーー、ずっと気になっていたことがわかってすっきりしました。
ありがとう!!
by: ばに * 2008/01/16 01:43 * URL [ 編集] | page top↑
--ふぉん・しーぼるとの娘--

と言う吉村昭の小説を読みました。ららさんの書いている事がほぼ忠実に小説に描かれていました。フィクションで有りながら史実に忠実であるという吉村昭らしさが感じられます。

彼の小説は羆嵐(くまあらし)という開拓時代の北海道の熊との対決を描いた小説が始めでした。他にもいっぱい小説を書いていますが、残念ながら今は個人です。

それにしても、ららさんの経験がばにちゃんの体験や、僕の体験と重なる事があるってスゴイですね。他のネタでも接点がないか探してみたいなぁ~。
by: あり * 2008/01/16 15:18 * URL [ 編集] | page top↑
--私もスッキリ--

◆ばにちゃん
すっきりしてもらえて良かったわ♪
私もばにちゃんにスッキリしてもらったし(笑)

ばにちゃんも未確認の草花を見つけて、子ばにちゃんのお名前をつけてください☆
あ、この場合は夫ばにさまの名前か・・・
by: らら * 2008/01/16 17:09 * URL [ 編集] | page top↑
--小説があったのですね--

◆ありさん
『ふぉん・しーぼるとの娘』という小説があるとは知りませんでした。
ちょっと検索してみたら、おもしろそう~。史実に忠実というのがまた興味をそそられます。

北海道が関連している小説が吉村昭の本との出会いというのが、ありさんらしいですね~

多分、他のネタでも重なることがあると思うんですよ。
特にスペイン関係だと・・・。
なにかおもしろいのを見つけたら、教えてくださいね!
by: らら * 2008/01/16 17:16 * URL [ 編集] | page top↑
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